2009年04月18日
大東島は開拓の島
大東島は、1800年代になり、八丈島出身者によって開拓された島。よって、沖縄県の島でも琉球文化を受け継いでいるわけではなく、神社や相撲など、八丈島の文化と、沖縄の文化がまじりあった特異な島。よって、島では、他の沖縄の島と異なる文化風物を見ることができる。
たとえば、沖縄にはない、鳥居のある神社を見ることができる。沖縄では、民俗信仰としての御嶽があったり、その象徴として(日本文化を形だけ取り入れた)鳥居はあっても、鳥居を兼ね備えた神社というのはあまりない。
ただ、大東島は、南北大東島とも、秋葉神社、金刀比羅宮というのがある。秋葉神社は防災の神様らしいが(台風の多い土地だし…)、なぜ金刀比羅ぐうがあるのか不明。まあ、先日四国の本場の金刀比羅神社にお参りしてきたので、勝手にご縁を感じることにする。
さらに、南北大東島とも、日本の領土であることを宣言した国標というのが海岸沿いに立ち、近代化の波の中で、領土を宣言したことを示している。
たとえば、沖縄にはない、鳥居のある神社を見ることができる。沖縄では、民俗信仰としての御嶽があったり、その象徴として(日本文化を形だけ取り入れた)鳥居はあっても、鳥居を兼ね備えた神社というのはあまりない。
ただ、大東島は、南北大東島とも、秋葉神社、金刀比羅宮というのがある。秋葉神社は防災の神様らしいが(台風の多い土地だし…)、なぜ金刀比羅ぐうがあるのか不明。まあ、先日四国の本場の金刀比羅神社にお参りしてきたので、勝手にご縁を感じることにする。
さらに、南北大東島とも、日本の領土であることを宣言した国標というのが海岸沿いに立ち、近代化の波の中で、領土を宣言したことを示している。
Posted by MiO at 23:59│Comments(0)
│沖縄旅日記